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貴方は何に関心がありますか?

世の中は移りにけりか何事も、人の思いも変わりけり

大人が楽しめるこういう本はいかが

f:id:kuromekawa28:20150109155120p:plain 文春文庫版

 澁澤龍彦といえば、サド「悪徳の栄え」の翻訳で有名ですが、彼の遺作となった東洋を舞台にした連作短編集「高丘親王航海記」というこの作品は、あまり知られていないでしょうね。

その書き出しは<唐の咸通六年、日本の暦でいえば貞観七年乙酉の正月二十七日、高丘親王は広州から船で天竺へ向かった。ときに六十七歳。したがうものは安展に円覚、いずれも唐土にあって、つねに親王の側近に侍していた日本の僧である。>とあります。

「高丘」親王とは平安時代初期の実在の人物で、父は平城天皇である。政変にからんで皇太子を廃され、若くして出家して空海の高弟となり、晩年は唐から天竺に旅立って行方不明になったと伝えられています。しかし、こちらの親王は史実を超えて幻想の世界へと読者をぐんぐん惹き付けさせのめり込んで行く面白さがあります。

人の言葉を話すジュゴン(儒良)、下半身が鳥の美女ばかりの後宮(蘭房)、エロチックな夢を食べる獏(獏園)、謎の秘薬の力でミイラとして葬られた歴代王の妻たち(蜜人)などの登場人物たち。行く先々で出会う摩訶不思議な生き物たちに加え、親王の頭には父の寵姫だった藤原薬子の幻影がしょっちゅう浮かんで来る。

そして、最後は病に倒れ死期を悟った親王は、自ら虎に食われて天竺にわたることを望む。朝の光の中で一行が見つけたのは<モダンな親王にふさわしく、プラスチックのように薄くて軽い骨だった>そして小説は何事もなかったように閉じられる。

<享年六十七、ずいぶん多くの国多くの海をへめぐったような気がするが、広州を出発してから一年にも満たない旅だった>とあります。

この小説が本になるのを待たずして著者は逝きました。幻想を振り払うかのような幕引きがそこにはありました。